オットマール・シェック(Otthmar Schoeck:1886-1957)は、20世紀のスイスが生んだ作曲家である。その作風は、極めて古典的で、言はゆる「現代音楽」とは大きく異なって居る。そのシェックが、ハンガリーに生まれたオーストリアの詩人ニコラウス・レーナウ(Nikolaus Lenau:1802-1850)の複数の詩と、ゴットフリード・ケラー(Gottfried Keller)の詩一つを歌詞として、男声と弦楽四重奏の為に作曲した作品が、このCDに収められた「夜想曲(Notturno)」である。この作品は、20世紀の音楽を代表する傑作である。しかし、その傑作が、これほど知られて居ない事に、私は、永年、深い失望を抱いて居る。
レーナウは孤独な詩人であった。それは、この曲を聴きながら、彼の美しいドイツ語による詩を読めば、誰もが痛感する事であろう。そして、作曲者シェックが、この孤独な詩人(レーナウ)に寄せる共感と愛情の深さは、先ず、シェックが、この曲の為に選んだレーナウの詩の選択に、そして、シェックがその詩の為に書いた甘美な旋律と弦の響きを聴けば、誰もが感得する筈である。
私の認識が正しければ、この曲が日本で初演されたのは、1978年春に、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウがウィーン・フィルの室内楽団と、東京文化会館大ホールでこの曲を演奏した時である。それ以前、同じくディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウが、ジュリアード弦楽四重奏団と共にこの曲を演奏、録音したLPでシェックのこの曲を聴いて知って居た私は、その東京文化会館での演奏を聴く幸運を得た。そして、深い感動を受け、この曲が知られる様に成る事を期待したが、残念ながら、あの夜から30年以上が経って、シェックのこの傑作は、今だにその価値に値する知名度を得て居ない。CDも稀な状況に在るが、このCDは、私が聴いたディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウの二つの演奏と比して劣らぬ名演である。クラシック音楽を愛する全ての人々に、このCDを推薦する。特に、日本のクラシック関係者が、このCDを聴いて、シェックのこの知られざる傑作(「夜想曲(Notturno)」)の存在を知って頂けたら、こんな嬉しい事は無い。
(西岡昌紀・内科医/今年のつつじを惜しみながら)
- Amazon Business : For business-only pricing, quantity discounts and FREE Shipping. Register a free business account